【雑感】そういえば「別の方法を考える」を教えられてこなかった

 小学校の頃から学級崩壊でさ、授業の最中は友だちとしゃべるか遊ぶか寝るか騒ぐかー!みたいな環境で少年時代をすごしてた。先生の言うことなんて聞きゃしない。だって先生つまんないんだもん。

 公共教育といえば「先生が教科書を黒板に丸写ししたものを俺がノートに丸写しする」って行為だと認識しとる。基本的に「覚えろ」で学校はできあがってた。

 そういえば、というか今更なんだけど「ダメだったら別の方法を考えてみよう!」って教えられてこなかったんだよね。学校では点数さえ良ければまあ特になにも言われないし。点数が「ダメ」なやつはもっと頑張るか諦めるかの2択だったように思う。自分に合う楽な解決方法を模索する人っていなかったような気がする。ちなみに新潟の田舎の話ね。

 考えてみるとすげーことだなーって。学校でダメだったときの対処法を教えてないんだぜ。働きだしたら思い通りにいかないことの連続じゃん?それなのに教育されてないんだぜ。そういう組織だと、あまりつまづかなかった奴が進学校に行くようになる。進学校では違う教育してんのかな?これだとタフじゃない奴ばっかりが良い学歴とることになるぞ。

 「体育会系はそういう挫折を味わってるから使える」みたいな意見もあるけどさ、それは違うよ。体育会系は素質のある奴を抽出する組織だ。使えないやつにはどんどんハッパをかけて周りに「コイツは使えないぞー」ってのを教師がアピールする。生徒はそれに扇動されて、能力のあるやつ無いやつで妙な上下関係ができあがる。デキるやつは優越感で比較的のびのびプレーできて、ダメなやつは劣等感で萎縮する。美談も色々あるけど、体育会系組織が与えてる影響はこんなもんだ。

 逆に言えば「日本には教育の伸びしろがめちゃくちゃある」ってことになるんだけど、「教える」って相当誤解されてるんじゃね。お互いに自由な発言がないと伝わるもんも伝わんねーぞ。

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