【自分】年末自分大掃除(少年編)

・幼少の頃
 春だってのに雪の降る日に生まれる。初の子供、初の孫ということもありかわいがられた(気がする)。だが、今になって思うとここらへんの環境が俺を自殺へと駆りだてた要因のひとつだったように思う。

 後述するが、両親を恨むつもりはまっっったくないことを前提にして話を進める。ウチはあるとき(5歳あたり)から放任+無賞必罰主義になった。基本的に子供を放っておく、できても褒めない。駄目なことしたら叱るって感じだ。
 幼少のころ、褒められて育った(であろう)俺は”怒り”に敏感になった。他人の顔色を気にするようになったのだ。

 休日にバッタリ街で知り合いに会う、というのが怖かった。そういう場面になったら極力逃げるようにしてた。


・小学生の頃
 学校では男子とサッカー。近所では女子となわとびして遊んでた。ただ俺は男社会の「見栄とプライド」みたいな部分があまりよくわからなかった。楽しければよかった。

 ある日、昼休みいつもやっているサッカーを1度だけ休んだ。校舎から眺めるグラウンドの同級生達は楽しそうだった。そのとき「ああ自分はあの人達とは違う感覚で生きているなぁ」なる電波を受信してしまい、クラスメイトと仲良くやるが微妙に距離をとるスタイルが確立する。

 先述したとおり、人の顔色を伺っていた。相手の顔色を伺うと、自分の肥大した想像力で相手の気持ちを測るようになるので空気が読めなくなる。そして、子供のころの自尊心は、相手を尊重することより相手を攻撃することで保たれる。つまり俺はいじめられるようになった。

 歳不相応な幼児性というよりも、変に距離を取るスタイルが「あいつ何で俺らの共同体に入らないの?」と不快を買われるような感じだったので、便器に顔ダイブさせられるようなガチ勢よりはいじめられていなかった。無視と嘲笑。あと”遊び”と称した軽い体罰ぐらいだ。ちなみに空気を読みたい俺は反撃しない。

 この頃、白髪がちょっと生える。これ以降は今のところ生えてこない。そこそこのストレスだったんじゃないかと思う。学校行きたくないけど行かなきゃ怒られるから行く。目の前の現実が霞がかっているような、曇りガラスのような意識で通学してた。

 過去の印象は、そのときのピークと終わったときの感情で決まる。「ピーク・エンドの法則」というものだ。成人を迎えた今でも、地元には帰りたくない。嫌なことしか思い出さないからだ。

(続く)

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