【自分】凶悪な強迫観念(解説編)

 ぶっ倒れたり死にかけたり、死んだような顔しながら働いてしまう理由が自分の中で合点が言ったので記録を残しておく。


・白黒思考
 心理学用語でいうと「白黒思考」ってやつだ。自分に対しても他人に対しても、0か1かの思考。0のモノにしたいしてはひどく冷酷になる。詳細は省くがピッタリ当てはまっている。

 「うまくやらなければ」と考えながら行動している。
それ自体は悪いことじゃないし、大なり小なりうまくやろうと思って仕事してると思う。ただ俺は、うまくできなかったときの自己否定が強い。

 客観的に冷酷に自分をたたく。人間は「自分に甘く他人に厳しく」がデフォルトだ。自分の欠点には目をつむり、他人の仕草に腹を立てるもんだ。無意識に抜けてる自分を認めないと「完璧人間」を目指すことになるからだ。

 自己否定が加速すると「自分は要らない子」なんて思う。赤の他人を切り捨てるように。そうは言っても仕事したいし、もっとできるようになりたいから頑張る。自分を切り捨て「コイツ要らない子なのになんでフォローしてるんだろ?」と疑問を浮かべながらも足掻く日々が日常化する。これは心身に多くの負担がかかる。思考と行動が正反対を向いてるからだ。悪化していくと「心の底から死んで欲しいのに何故か生きてる」ことになる。俺はその一歩手前までいった。

 他人の指摘も、ほぼそのまま受け入れる。他人の意見はほぼそのまま、俺の意見に酷似しているからだ。
 「○○さんは機嫌が悪いとき人に当たるからなー」「俺は俺でちゃんとやってるんだ」「嫌いなアイツの言うことなんか聞かない」等のフィルタがない。バカヤロウと言われたらほぼそのまま反省するし、(経験はないが)死ねと言われたらそのまま自己に投影される。


・白黒思考は修羅場に強い
 それ故というか、ぶっつけ本番やスポーツで競っている瞬間はものすごく強い。オールオアナッシングの勝負所では負けた記憶がほとんどない。一時的に強烈なプレッシャーがかかる場面では俺みたいな性格はうまく機能するのかもしれない。

 逆に、一度スイッチがONになると「24時間緊急事態」みたいな感じで心身が休まらないってわけだ。


・環境に順応した結果
 幼少時代にいじめられていた経験が関係しているのかなーと思う。

 まあ大したものじゃないんだけど、俺はアクの強い人間だったし、学校のトイレでうんこするような人間だったので一時期いじめられてた。嘲笑とか無視とかそんな感じだ。当時はそんなことどうでもよくて「親が知ったら悲しむだろーな」と、いじめを受け流しつつ隠しつつ、学校と家で2重に仮面をかぶりながら生活していた。その後、親にも失敗作的な扱いを受けたりしたので、おいおいマジか世の中ハードモードだなとより本音を隠すようになる。

 徹頭徹尾、自分を出さない。それが処世術になった。

 Twitterなんかでは「俺はピエロだ。俺の姿をみて笑ってくれればいい」という発言もした。それはここでも似たようなことを書いた。それは、認めてもらったことのない人間が社会とコミュニケーションを取っていく考え抜いた手段だったのかもしれない。

 友人も恋人も同僚も、俺にとっては「楽しませるべき相手」であり、そのためには自分を結構捨てる。自分に価値がないからだ。俺は結果と能力でのみ、社会とつながっている(と強く思っている)。友情とか恋愛とかはとても遠い。そういう温かそうな許容空間に身を置いてこなかった。

そうやって生活している人は、無理をするのが日常であり、早く摩耗する。


・解決するには?
 いくつか解決策を試してみる。解決できるかどうかはさっぱり不明だ。まあちょっと待ってほしい。俺は俺を救いたいんだ。コイツどうしようもない奴だけどこの身体でやっていくしかないもんで。

0 件のコメント :

コメントを投稿