【雑感】穢れってやつ

 死に近づく不快感が穢れの本質だとおもう。

 道端で小鳥が死んでたら触りたくないし、電車のゲロとかも変な病原菌もらっちゃいそうで近づきたくない。脊髄反射というか本能だよなもうこれは。「今の自分を壊されたくない」防衛本能。
 
 ただ人間ってやつぁ社会的生物だからコレが”ステータス”にも適用される。
 出自が治安の良くない地方だったり、偏差値が低かったり、片親だったり、よく言われるが肌の色や人種でも。「みんな仲良くしましょう」って道徳じゃ抑えられない。嫌なものは嫌なんだ。

 例えば俺は高校中退してて、大検を取ってから大学行ったんだけど「格が下がるから入学してほしくなかった」と言われたことがある。
 例えば俺はホームレスだった時期があるんだけど、女だったらそういう奴とセックスしたくねえと思うんだ。そこまでハッキリ思わないまでも、恋愛・結婚対象には入らないと確信しとる。

 多かれ少なかれ誰でも加害者であり被害者になる。俺もホームレス嫌だもんなんか臭いし。


 それでも穢れの垣根を超えたいってんなら、相手の理解を待つしかない。相手を批判せず否定せず、偏見が混じってもいいから普段の自分を見てもらう。そして相手が聞く耳を持つまで待つ。それでもうまくいかないときなんかいくらでもある。根気のいる作業だ。

 俺は今まで「孤独がいい」って積極的孤独主義者だったんだけど、最近は孤独でいると同時に、色んな人の色んな話を聞いてみたいと思うようになった。よくわからんが少し変わった。
 マイナスのステータスしかない身なので、こう、仲良くなってもらうのは難しい。どうすりゃいいんだろって考えた結果が「相手の理解を待つ」って態度だ。昔みたいに「自分を殺す」ってイメージが付随していない。たぶん前よりはうまくいくんじゃないかと思う。

 俺に穢れがあるように、あんたにも穢れがある。それでも俺はまだ見ぬあんたが好きだよ。

 (中二くさいことが言えるぐらいには社交的になってきたなー)

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