考えてしまう脳【禅と精神医学】

 これから胡散臭い話をしよう。

 どうやら禅にはリラックスできるα波をコントロール作用があるらしい。なんか宗教くさいけど、それを科学的に証明したのがこの本の著者だ。一流スポーツ選手が大舞台で集中するとき、禅と同じようにα波をうまく出してリラックスしてるらしい。

・どんな効果があるの?
 本書では「禅がうまくキマると、どんな物事にも焦らずリラックスして対処することができるよ」と書いてある。そういうプチ全知全能みたいな状態を「般若」とか「玲瓏」と言うらしい。玲瓏は羽生善治さんが目指している概念でもある。

・こだわりからの脱却
 俺たちがイライラするのは「こうであらねばならない」というこだわりが原因だ。だが「こだわるな」という命令がすでにこだわりになっている悪循環がある。「考える」時点で既にこだわっているので「自分が何で悩んでるのか客観的に観測してみない?」そうしたらもっと良い判断が下せるようになるよ、という立場をとるのが禅だ。

・禅病
 こだわりは行動からも起こる。「多くを求めてしまう」習慣が苦しみの原因なのに、それを捨てずに禅に救いを求めても「あんたそれは病気だよ」とはっきりとした拒絶の態度をとっている。

 「安らかな生活を送りたいなら、荷物を捨てなよ」欲望の中に安定はないと、わりと残酷なことを言っている。

・中庸のススメ
 強迫神経症について記述があった。恋人ができた男が「セックスは汚らわしいこと」というこだわりを捨てられずに、でも強烈に恋人を求めてしまう葛藤が描かれていた。

 「そんなにセックスしたいなら、してみればいいじゃん」意外にも行動力に溢れてるのが禅である。「そういう妄念があるなら、YOU飛び込んでみればいいじゃん!そうすれば妄念から開放されるよ」これは仏教の中庸と呼ばれる概念と似ている。将棋の升田幸三先生も「一度極端に走って、それから中道に戻るのが良い」と『勝負』で語られていた。どうも世の中はそうなってるらしい。有名な「風俗に行け」のアドバイスはギャグじゃなくて正しかったんだ。

・禅の作法
 騒音のない静かな所で楽な姿勢をとる。ケツが痛くならないように柔らかい座布団を敷いて、手を軽く合わせて目を閉じず、180センチほど先に目線を固定する。完全に横になると眠くなるからダメっぽい。初心者はついつい眠たくなってしまって、自分を観察する機会を逃してしまうらしい。能動的に「何もしない」ってのは難しいみたいだ。


 俺の解釈だと、禅は上手く瞑想をするための技術みたいなもので、一応科学的に効果は測定されてるみたいだけど、宗教臭くて抵抗ある人がいるみたいだ。イメージトレーニングと似たようなものだと思うんだがこればっかりは理屈じゃないのでどーしよーもない。俺はリラックスできる技術を学べて良かった。

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