弱者の人権は豊かじゃないと保証されない

バカと弱者の人権 - ひきこもり女子いろいろえっち

 「若者って底辺だし、非正規が多くなってて将来の見込みないけどこれって自己責任なの?」って話が書いてあった。筆者は女性なのでたぶん俺は理解が浅い。

 立場的に近いところがあって、多少は同情する。でも、これは誰にも文句が言えない。
 世界的に若者の職がなくて、一人で自己完結できる即戦力を求められる。教育、チャンス、安定の資源が食いつくされた世界に生まれてしまったんだから、そこでやっていくしかない。この環境は若い人に全く責任はないが、若者が自分の行動に責任を持って自立していくにはこの環境に順応する必要がある。

 昔の日本より大変になったかもしれない。理不尽かもしれないが、やっていくしかない。

 俺はなんとか年金は払っているけど、もらえるなんて思ってない。昔は天寿を全うするのが当たり前だったかもしれないが「寿命まで生きるオプションは贅沢品」ぐらいに考えている。贅沢をできないのは自己責任か?と問われれば「頑張れば贅沢できるだろうけど、努力と見合わないから期待しない」と答える。

 題名にもなっている「バカと弱者の人権」は、経済的に豊かな場合「富の再分配」という形で保障される。晩飯で作ったカレーをおすそ分けする感じだ。余っていればそりゃお腹すいてる人にあげればいいけど、現代人はすごいお腹が空くペースが早くなってしまったし、耕す量より食う量が多いのでおすそ分けする余裕が徐々になくなっている。俺の理解はちょっとメルヘンだがこんな感じだ。

 昔の生活を現代になっても求めようとするのはコストパフォーマンスが悪い。時代と逆行してる。

 人生をお客さんのように保障してもらえる時代は終わりつつある。弱者に厳しい世界になった。選択肢は豊富なようで少なくみえる。

 それでも楽しくやっていけると思うんだがな。現状を認める度量があれば。お客さん気分で”やってもらえる”自由は少なくなったけど、やる自由はまだなんとかあるでしょ。

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